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大阪家庭裁判所岸和田支部 昭和40年(家)68号 審判 1965年10月04日

申立人 大野美子(仮名)

相手方 井沢光男(仮名)

主文

相手方は申立人に対し金六〇万円を支払え。

理由

申立人は「相手方は申立人に対し離婚を原因とする慰藉料並びに財産分与として金六〇〇万円を支払え」との審判を求めた。

よつて、調査した結果次の事実を認めることができる。

1、申立人は昭和一二年二月八日薪炭業大野一郎同人妻サダの長女として生れ、同三〇年○○高校を、同三二年大阪市内にある某服飾研究所をそれぞれ卒業した後、大阪市内の或る洋裁店にデザイナーとして勤務していた。他方相手方は昭和八年七月一〇日呉服及び洋品雑貨商井沢啓二、同人妻キヌコの二男として生れ、中学校卒業後直ちに家業に従事していた。両者は野中春男の仲介で婚約し、昭和三五年四月八日挙式同棲し、同三六年二月一一日婚姻届出を了した。

2、上記啓二はもと三軒の店を持つて、そのおのおのに店員一、二名を置き、啓二、キヌコ、相手方が各一軒を分担経営していた。相手方が経営を委ねられたのは所謂福島支店であつたが、昭和二八年以来独立して自己の名義で営業するようになり、結婚後は同店で申立人と同居することになつた。同店は近所に紡績工場がある関係でよく繁昌し、朝は八時頃から夜は九時乃至一〇時頃迄開店していた。店には従業員として早福サチコ(三一歳)がいて、申立人、相手方と共に店の維持経営に当つたが、相手方は販売、仕入、帳簿の整理等の業務全般を主宰し、サチコは主として販売を手伝い、申立人は家事に従事するかたわら販売や帳簿の整理を手伝うのが常であつた。申立人は決して怠け者でなく、その働きぶりは普通であつた。

3、申立人、相手方は共に通常人で、性格的にも肉体的にも目立つた欠陥はないが、相手方はやや気が短かく、申立人は勝気な性格であつたので、同居中両者の間には時々衝突があり、前記サチコの存在がこの勢を助長した。同女は前記キヌコの従姉妹に当り、昭和三〇年頃から福島の店に勤め、所謂しつかりものであつたので、店の経営には不可欠の存在となつており、新婚家庭においても店のことを切り廻すだけでなく、家事に関してもてきぱきと処理したのであつた。その振舞は必ずしも悪意に出たものではないが、申立人に対するこまかい配慮に欠けたため、同人の自尊心を傷つけ、ひいては妻の座にも脅威を感じさせる結果となつた。かくて両者の間には誤解と対立感情が累積し、容易に氷解し難い状態となつた。この時にあたり相手方はサチコの過去の功績や現在の利用価値を慮つて之を抑制しないだけでなく、却て同女の肩を持つ態度に出たため、申立人対サチコの軋轢は申立人対相手方の対立に発展し些細なことが原因となつて言い争い、揚句の果ては相手方が申立人を殴打する事件が頻発するようになつた。

4、申立人は昭和三六年一月三一日長女良子を出産したが、その後上記対立感情は益々高まり相手方と口論した末、

昭和三六年五月頃と、同三七年一一月頃との二回に亘り実家へ帰つたが、その都度仲介者の説得によりもとに戻つた。二回目に復帰したときは仲介者の尽力で両者不和の原因であるサチコを福島の店から斥けたので、両者の関係は暫時小康を保つたが、それも束の間で、後サチコが店に出入りするようになつて再び風波を生じた。

5、このようなふん囲気の下に生じたのが本田吉郎の事件である。申立人は結婚前約三年間本田吉郎と交際し、相互に愛情を抱き結婚を希望したが申立人の両親の反対に遭い実現しなかつた。その内相手方との婚約が調うに及び本田との交際を断つたのであるが、それまで両者の間に不純な関係はなかつたものと考えられる。しかるに申立人は結婚後も本田の写真をアルバムにはさんで保存していたところ、昭和三八年七月頃相手方の発見するところとなり、悶着があつて後両者の関係は一層冷却して行つた。昭和三八年八月七日相手方は申立人の顔面を殴打し、そのため鼻血が出、顔がはれ上り、発熱する程の傷害を与える事件が起つたが、その発端は些細な口論であり、それが本田問題に波及したとき相手方が異常に昂奮したといういきさつがあるのである。

6、昭和三八年九月七日申立人と相手方とは又も口論したが、それをきつかけに叙上もろもろの対立感情が爆発し、申立人は同日実家へ帰つたまま再び戻らなかつた。そして同年一〇月五日前記良子の親権者を相手方と定めて協議離婚したのである。

7、申立人は現在その父母の許に居住して大阪市内の会社に勤め、月収一万八、〇〇〇円を得ている。父一郎は前記の如く薪炭商を営み生活程度は中流である。なお、申立人と前記本田との交際は離婚後復活し両者が結婚する可能性は全然ないとはいえない。他方相手方は離婚後その父母と同居し長女良子を養育し従来通り福島の店を経営している。

8、相手方は前記独立の際啓二から福島支店の店舗(居宅兼用)の贈与を受け現在なお之を所有している。該家屋は○○郡○○町○○二八一の八にあり木造瓦葺二階建延坪数三五坪六三で昭和三九年度の評価額は、四八万四、〇六八円である。次に相手方が婚姻中得た所得額は、同店の経営により生じた利益額と一致するが、その数値を確定することは困難である。先ず同店の売上高についてみるのに、相手方は月間三五万円であると陳述し、申立人は同一〇〇万円余であると陳述してその間に大きな開きがあるけれども、相手方が昭和三七年一二月三一日から同三八年七月二七日迄の間十数回に亘り○○町農業協同組合に合計金四三〇万円を他人名義で預け入れた外○○銀行○○支店にも預金した形跡があり、これらの預金は相手方の陳述によれば概ね売上金を寄せ集めたものであることが認められる点から考えて、月間五〇万円位はあつたものと推定される。以上の点や税務署の査定による相手方の総所得額が昭和三七年度六五万円、同三八年度六八万一、〇〇〇円となつている点、その他店の規模、業種、立地条件等を総合勘案するときは、上記利益額を月間六万円程度と認定するのが妥当である。

以上認定の事実によれば、双方離婚の原因は根本的には性格の不一致にあるけれども、直接的には早福サチコの介在、本田問題の生起等がその契機となつていて、それらの破綻原因につきいずれか一方に全面的な責任を負わせ得ないことは明らかである。しかし更にすすんで両者の責任の軽重を衡量するならば、相手方のそれをより重しとしなければならない。けだし申立人とサチコとの不和が家庭平和を乱す禍根となつているのであるから相手方としては、先ず両者の調整に力をつくし、その効がなければすすんでサチコの処遇に関し適切な措置を講ずべきであるのに、前認定の理由からこの挙に出なかつたことは、事業を或る程度犠牲にしても家庭の平和を守ることが夫として第一の義務であることを忘れた態度であり、この義務懈怠の程度は申立人の責に帰すべきもろもろの失態の程度を超過するものと考えられるからである。されば相手方は申立人に対し少くとも離婚そのものによる損害を賠償する責に任ずべく、その賠償額は右責任の程度、双方の生育歴、恋愛歴、社会的地位、資産状態、婚姻年数その他諸般の事情を考慮するときは金二〇万円を以て相当と考える。

次に財産分与の額について考えると相手方の月収を前認定の通り金六万円とすればその金額から申立人、相手方及び昭和三九年二月以降は長女良子を加えた三人の一月の生活費として必要と考えられる金四万円を控除した残額である金二万円に、同居期間の月数と大体同数の四〇を乗じて得た金八〇万円が婚姻期間中に生じた剰余財産の額となるのであるが、前認定の通り申立人が主婦として又従業員として普通の働きをした事実に徴し、右剰余財産の半額は申立人の寄与によつて獲得したものとするのが至当であつて、このように考えれば相手方が申立人に対して分与すべき財産の額は金四〇万円となるのである。なお離婚後の扶養については双方共その必要がないこと上記認定の事実により明らかであるから、扶養料を財産分与額に算入する必要はない。

最後に申立人は財産分与と慰藉料の支払とを併せ求めているのでこの点について一言する。財産分与請求権と慰藉料請求権との関係については諸説があるけれども家庭裁判所に対して財産分与の申立があつた場合には、特に慰藉料請求を除外する意思が明白でない限り、慰藉料と財産分与とを併せ支払を命すべきである(最高裁判所昭和三一年二月二一日第三小法廷判決は、財産分与請求権と慰藉料請求権とを区別した上「ただ両請求権は互に密接な関係にあり、財産分与の額及び方法を定めるには一切の事情を考慮することを要するのであるから、その事情のなかには慰藉料支払義務の発生原因たる事情も当然斟酌されるべきものである」という。その意味は本文の如く解する外はない。けだし慰藉料支払義務の発生原因たる事情を斟酌した結果認められる給付義務は慰藉料支払義務以外のものではあり得ないのであつて、之を慰藉料支払義務とは発生原因を異にする財産分与義務の中に含めることは自家撞着たるを免れないからである)。しかしそのようにしたところで、慰藉料の点については、現行法上既判力を生ぜず、別に訴訟の対象となり得るものと解さざるを得ないから、右の対象とならないものの範囲を明確にするため、審判の理由中で慰藉料額と財産分与額とを区別して判示する必要がある。よつて相手方から申立人に対して支払うべき財産分与の額は四〇万円、慰藉料の額は二〇万円であることを確定した上、その合算額である金六〇万円の支払を相手方に命ずることとし主文の通り審判する。

(家事審判官 入江教夫)

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